*読売新聞 2012/09/04 日韓中の政治状況と大衆文化 放送評論家・鈴木 嘉一 第3回「東アジア放送作家カンファレンス」で握手を交わす各国・地域の代表。左から3人目が市川森一さん、その右がシン・ヒョンテクさん(2008年6月、長崎県佐世保市で) 韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領が8月10日、島根県の竹島に上陸したのに続いて、香港の活動家らが尖閣諸島に上陸したのを機に、日本と韓国、中国との関係が急速に悪化している。韓国は野田首相の親書に対し外交上異例の措置を取り、中国では反日デモが広がっている。領土問題はいつの世も国民のナショナリズムを過熱させ、紛争の火種になることは古今東西の歴史が証明している。 韓国や中国とのきしみは、自治体同士の交流事業などの中止・中断を招いている。韓流ドラマ「朱蒙(チュモン)」に主演した人気俳優ソン・イルグクさんが、竹島までリレーで泳ぐイベントに参加していたため、BS日テレやBSジャパンがその出演作の放送を見合わせたように、日本のテレビ界にも微妙な影を落としている。 そこで思い出されたのは、各国の番組上映と討論を通して制作者の交流を図る毎年恒例の「日韓中テレビ制作者フォーラム」だ。2001年に開かれた第1回は、日韓の制作者が福岡-釜山間を運航するフェリーに乗り込んだ。日本が朝鮮半島を植民地として支配した時代の「歴史認識」問題を真正面から取り上げ、双方が鋭く対立した。翌年は、江戸時代の朝鮮通信使にゆかりのある長崎・対馬で開かれ、両者が歩み寄った。韓国・済州島で開催された第3回からは、中国も参加している。 このフォーラムでは、日韓中の歴史的なわだかまりを乗り越えて、国際共同制作の可能性を探ってきた。昨年9月に札幌市で開かれた第11回フォーラムでは、今野勉・「放送人の会」代表幹事(演出家)が「東日本大震災による大津波と原発事故のため、地域の暮らしは根こそぎ破壊された。大災害に対し、私たちは何をすべきか、何ができるのかを率直に議論しよう」と呼びかけ、2008年に大地震に見舞われた中国四川省の復興を追ったドキュメンタリーや、韓国のテレビ局による東日本大震災の報道番組などが上映された。 また、2006年には、韓国と日本、中国、台湾の脚本家らが一堂に会した第1回「東アジアドラマ作家会議(現・アジアドラマカンファレンス)」が韓国・釜山で開催された。私も参加したが、当時は竹島の領有権をめぐって日韓が対立していただけではなく、中国との間でもギクシャクした関係を招いた小泉純一郎首相の靖国神社参拝問題や歴史認識問題が浮上していたため、日本側の参加者はこうした政治的テーマに身構えていた。しかし、会議では政治的なテーマには触れまいとする空気が漂い、日本の参加者はいささか拍子抜けした様子だった。 主催者のアジア文化産業交流財団(現・韓国文化産業交流財団)のシン・ヒョンテク理事長にインタビューすると、「世界の映像マーケットでは、米国のハリウッドが相変わらず大きな影響力を持っているが、韓国、日本、中国などが力を合わせてアジア市場を開拓すれば、アジア勢が世界にうって出る機会も広がる。日本はもっとアジアに目を向けてほしい。一方的な発信ではなく、相互交流による共存共栄が大切だ」と答えた。 各国・地域間で微妙な問題となる「政治と文化」の関係については「個人的見解だが、大衆文化と政治は関係ない。政治と文化を結びつける国は、世界の潮流から取り残されるだろう。むしろ一般の人々の共感を呼ぶ大衆文化の交流が盛んになれば、やっかいな政治問題を解決させる糸口になるかもしれない」と語り、目からうろこが落ちる思いがした。 「日本人にとって韓国は『近くて、遠い国』と言われたが、文化交流を通して『近くて、近い国』になってきた。『冬のソナタ』のペ・ヨンジュンやイ・ビョンホンが好きなことは政治と無関係だし、韓国人にも浜崎あゆみのファンは多い。文化に国境はありませんよ」 第5回カンファレンスで会場に展示された「テレシネマ」7作のポスター(2010年9月、ソウル市で) 日本の脚本家がオリジナルの単発作品を書き、韓国の監督、俳優によって撮影するという「テレシネマ」は、この会議の具体的な成果だった。シン理事長と日本放送作家協会の市川森一理事長(脚本家)が意気投合し、第3回会議で制作発表にこぎ着けた。市川理事長の呼びかけに応じ、人気脚本家の大石静、北川悦吏子、岡田惠和、井上由美子さんら7人が韓国を舞台にした物語を書いた。新しい日韓共同方式の7作は両国で劇場公開された後、放送もされた。日本では、テレビ朝日系だった。 シン、市川両理事長は次のプロジェクトとして、日韓中の共同制作を進めていた。「不老不死の薬を探せ」という秦の始皇帝の命を受け、朝鮮半島を経て日本に渡ったとされる徐福伝説の連続ドラマ化だ。作家の荒俣宏さんが原作を書き、脚本は日韓中で分担するという構想だった。 昨年、この国際会議を牽引してきた両氏は相次いで死去したが、今年の7月には予定通り、第7回カンファレンスが福岡市で開かれた。各国・地域の参加者から国際共同制作の現状や問題点、課題が具体的に報告・論議され、相互理解にとどまった第1回に比べると、「アジア・イズ・ワン」というスローガンは着実に進展していると実感した。 「韓流」に対し、日本の文化は「日流」、中国語圏の文化は「華流」と呼ばれる。シンさんが言い切ったように、大衆文化に国境はない。日流も韓流も華流も政治の壁を越えて、潮の流れのように自由に行き来すればいい。 ◇ (「TVウオッチング」は隔週火曜日にアップします) 筆者プロフィル 鈴木 嘉一 (すずき・よしかず) 1952年千葉県生まれ。放送評論家・ジャーナリスト。埼玉大教養学部非常勤講師(メディア論)。元読売新聞東京本社編集委員。文化庁芸術祭賞審査委員や放送文化基金賞専門委員、日本民間放送連盟賞審査員も務める。日本記者クラブ会員。放送批評懇談会理事。著書は『大河ドラマの50年』(中央公論新社)、『桜守三代 佐野藤右衛門口伝』(平凡社新書)など。 (2012年9月4日 読売新聞)
by joonkoala
| 2012-09-05 04:41
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