*産経ニュース 2010.10.2 07:42 【緯度経度】ソウル・黒田勝弘 平壌の肥満政治学 日本で人気の韓流スターはペ・ヨンジュンにしろチャン・ドンゴンにしろイ・ビョンホンにしろ、みんな細身でスマートだ。しかし韓国のスターは以前は、大柄で、ふっくらした顔の肉付きがいい、でっぷりタイプの男が多かった。 それが変わったのは、1970年代後半の安聖基(アン・ソンギ)あたりからではなかったか。安聖基はヒット作『鯨とり』などで知られ日本でも人気がある。 今や韓国映画界の大御所だが、イメージ的には米国のアンソニー・パーキンスとかフランスのジャン・ポール・ベルモントみたいな感じだった。ほおがこけ、ひょろっとした風貌(ふうぼう)は、それまでのスターの雰囲気からはほど遠かった。 安聖基タイプがスターになったのは、韓国社会が貧しさから脱し、飽食時代になったからだ。人びとは肉付きのいい、お腹(なか)の出た、余裕たっぷりの男にあこがれなくなった。太った姿にはむしろ「田舎臭い」と思うようになった。 韓国ではこのように「カッコいい男」のイメージが完全に変わった。 ところで、北朝鮮で金正日(キム・ジョンイル)総書記の後継者として登場した三男・金正恩(キム・ジョンウン)氏の写真を見たとき、まず思ったのは「あっ、太っている!」だった。 今回の金正恩氏の登場は、いつものように北朝鮮らしく完璧(かんぺき)な演出による。肉体から服装、ヘアスタイルまで“建国の祖”である祖父・金日成(キムイルソン)に似せ、血統のよさを誇示するかたちになっている。 北朝鮮で金日成イメージというのは、首都・平壌をはじめ全国に立てられた銅像からも分かるように、ふっくらした顔で、腹の出た、でっぷり姿だ。 そして2代目の金正日総書記も、背は低いがお腹の出た、でっぷりした肥満状況が長く続いた。太っていることが権力と権威の象徴であるかのように。 しかし金総書記は近年、急速に体重が減り、やせた。理由はおそらく病のためだろう。あのやせ方は普通ではない。医療陣に「肥満は命にかかわります」と強くいわれ、やむなくダイエットしたに違いない。金正恩氏の父・金総書記も本来はパンパンに太っていた。 世襲3代。北朝鮮の最高権力者に共通する肥満は何を意味するか。 まず、肉付きのいい肥満タイプを「押し出しがいい」とか「堂々としている」として、それが指導者イメージと考える伝統的で権威主義的な人物観。 それから人民あるいは他との絶対的差別化。人民に君臨するため「普通の人間とは違うのだ」と印象付けなければならない。金総書記のジャンパー姿などその象徴だが、今回、公開された写真で金正恩氏は唯(ただ)一人、軍服でも背広でもない服を着ている。 こうした差別化は、とくにやせた人民に対しては効果的だ。肥満というあまりの隔絶ぶりに、人びとは「自分だけたらふく食べて何だ」という反発よりも、指導者は絶対的に違う人間なのだという“諦念(ていねん)”から、むしろ服従や忠誠に向かうのかもしれない。 だから過去2代、60年間、北朝鮮の住民は肥満した指導者の下で黙ってしたがってきた? 今回また、20代の新権力者の肉付きのいい肥満姿を見せられ、北の人民は本音のところでどう思っているのだろうか。さらに“諦念”をつのらせているのか。それとも「これまでよりはましなおこぼれがあるのでは」と期待(?)しているのだろうか。 韓国のマスコミは金正恩氏の体格を身長170センチ、体重90キロほどと推測し、顔写真を素材に、占い師まで動員しながら面白おかしく観相学、骨相学を展開している。 それによると「徳が不足し欲は深いが意志は弱い」「いや冷静で情に流されず意地っ張り」「軍隊では出世するが政治では暴政」…とか。しかしそれよりもあの“肥満相”にはどこか切ない気分がしてならない。
by joonkoala
| 2010-10-03 06:43
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