*朝鮮日報 2011/07/04 15:46:26 【熊野英生の日本通信】日本の貯蓄率は、なぜ急低下したのか(上) かつて日本の高度成長は、潤沢な家計貯蓄によって支えられていると言われた。国内貯蓄が十分にあれば、企業は設備投資資金を国内金融機関から割安で借りられる。これが、経済成長のエンジンをうまく作動させたというのが定説になっている。しかし、時代は変わり、90年代から日本経済の成長率は、企業の新陳代謝が衰えて低下していく。それでも、現代の日本でも家計貯蓄が重要視されている。理屈は、銀行が家計から預かった巨大な資金が、大量の国債購入に回るから、日本は財政赤字でも金利上昇しないというものだ。「家計貯蓄によって長期金利は上昇しない」という説は、日本の金融関係者のほとんどが信じている神話になっている。 ところが、2000年頃から、その安心の基盤は崩れてきている。家計貯蓄率は、これまで10%以上あったのが、どんどん低下して2007年は一時1.7%になった(図表1)。日本が高貯蓄率であるという伝統は過去のものとなっている。 すでに、日本では1980年代から、貯蓄率がいずれどこかの時点で大幅に低下するという予言が、経済学者の間にはあった。その根拠は、高齢者が増えると、貯蓄が取り崩されるという単純な発想である。ライフサイクルの考え方に基づくと、若い時に所得を増やすとともに、老後の資金を貯めて備えをすることが健全だとされる。一方、高齢者は年金生活に入ると所得が低くなって、貯蓄を取り崩しながら生活をする。若い世代は高貯蓄率で、高齢世代は低貯蓄率ということになる。これは1国全体でみると、日本は若い世代が多い時代には高貯蓄率で、人口が高齢化すると低貯蓄率になるということが理解される。80年代はそうした予言を語っている経済学者が議論を主導したが、90年代に入っても現実のデータは予言通りに動かなかった。そのため、経済学者たちの予言は、少しずつ忘れられていった。 筆者の分析では、日本の貯蓄率が下がりにくかった背景には、高齢者が老後になっても貯蓄を取り崩さなかったことがあるとみる。高齢者は、今後、公的年金で受け取る金額が少なくなると感じて、老後も高い貯蓄率を保ち続けたからだ。もともと日本人は節約好きであると言われる。余談であるが、筆者も貯蓄が大好きなので、20年近く家計簿を記録していて、貯蓄を増やすための創意工夫を絶え間なく行っている。高齢者にもそうした貯蓄好きの日本人は数多くいる。 ところが、時間が経つと、「貯蓄率が低下しにくい」という特徴は、1990年代前半だけの現象であったことがわかる。2000年になると、今度は、急速に貯蓄率が低下し始めた。多くの日本人は、貯蓄率の低下にあまりに楽観的だっただけなのである。 朝鮮日報/朝鮮日報日本語版 *朝鮮日報 2011/07/04 15:46:41 【熊野英生の日本通信】日本の貯蓄率は、なぜ急低下したのか(中) ■年金改革によって貯蓄率が低下 2000年まで日本の貯蓄率低下に多くの人が気付かなかった理由は、いくつかある。それは、10年満期の定額貯金という大人気商品の存在が大きい。この定額貯金は、バブル経済と言われた1990・91年の2年間に、8.64%の高利回りで大量に預け入れられたものだ。これが10年間にわたって貯蓄率を押し上げた。 その定額貯金が2000・01年に、106兆円も満期を迎えた。日本はすでに90年代後半から超低金利時代だったので、定額貯金に預けていた人は利子収入を失う。貯蓄率を押し上げる要因がなくなったのだ。 日本の家計貯蓄を巡る環境は、定額貯金の大量満期以前から大規模な地殻変動が起こっていた。まず、高齢化は90年代にかけて進んでいた。世帯構成員2人以上の世帯主の職業をみると、無職世帯の割合が急激に上昇している(図表2)。無職世帯のほとんどは、年金生活をしている高齢者である。 この高齢化と相まって起こったのは、公的年金制度の変更である。1994年の公的年金改革では、2001年から日本人の男性が、それまで60歳だった年金基礎部分(定額)の支給について、年金支給開始年齢を1歳ずつ段階的に引き上げて最終的には65歳にすることが決まった。 この制度の厳しいところは、年金支給を制限された人々が、勤労期間を60歳以上に延長せざるを得ないことである。公的年金改革が構想された1994年には、「公的年金が支給されなくても高齢者の生活は働けば何とかなる」という希望的観測が政府にあった。しかし、その思い込みは外れ、90年代以降、日本は極端な雇用悪化になる。60歳の高齢者は働く場所を失い、年金をもらえない。無職世帯が急増した動きは、前掲の図表1の通りである。 朝鮮日報/朝鮮日報日本語版 *朝鮮日報 2011/07/04 15:46:52 【熊野英生の日本通信】日本の貯蓄率は、なぜ急低下したのか(下) 1994年の制度設計がミスだった弊害は明らかであるが、それでも一度決まった制度は、見直されずに現在も続いている。筆者には、黙って制度に従った人々の悲劇としかみえない。 統計データを確認すると、無職世帯の貯蓄率は、極端なマイナス、つまり赤字の状況に陥っている(図表3)。無職世帯で世帯主年齢60~65歳の貯蓄率は▲78%となっている。嘘のデータに見えるだろうが、このデータは政府の公式な統計を使って計算すれば、明確に示すことができる。 2000年以降の日本では、高齢者になって働ける人はプラスの貯蓄を保ち、不幸にも働けなくなった人は大きく貯蓄を取り崩した(図表4)。かつて高い割合を誇った日本の貯蓄率は、そのせいで急低下した。1980年代の経済学者も、このようなシナリオを想像していた人が1人も居ないだろう。 年金改革は用意周到に実施しなければ、大変な資金構造の変化を生んでしまう。今後の日本では、2013年に公的年金の報酬比例部分(勤労期の収入によって変化する受取額)の支給年齢を60歳から65歳に順次引き上げる見直しが実施される。これをそのまま実行すれば、日本は国内貯蓄で巨大な財政赤字を賄えなくなるかもしれない。日本が財政再建を進めるには、十分な時間がない。 熊野英生=第一生命経済研究所首席エコノミスト 朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
by joonkoala
| 2011-07-06 05:54
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